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栄冠は白に輝く

暑中お見舞い申し上げます。

夏の甲子園は今まさに熱戦たけなわですが、ご承知のように熱い戦いを繰り広げているのはグラウンドの上だけではありません。
アルプスに咲く白い花たちの、歴史的な熱闘の足跡をいくつかご紹介しましょう。

kousien01.jpg

甲子園チアの伝統的定番と言えば、やっぱり白のプリーツスコートです。
これは学校名は不明ですが、SA誌に掲載されたもののはずです。

hirosho82.jpg

甲子園の白プリではこの学校も欠かすわけにはいきません。
広○商のおそらく82年頃のものと思われます。
野球でも全国制覇のある強豪なんですが、近年甲子園でチアも含めて姿を見られないのがちょっと寂しいです。

heipan7309.jpg

これは平○パンチの73年9月3日号に掲載されたもののようです。
この雑誌こそが甲子園チアの魅力にいち早く着目していたのは確かですが、それにしても見事すぎるワカメちゃん!
この時代はまだチアの黎明期ゆえ各学校とも試行錯誤の部分が多々あったはずで、そうした過程で生まれたコスチュームと言えるかも知れません。

ワカメちゃんと言えばこんなコスチュームも。

ageo79.jpg

これは79年夏の上○高校です。
ここも早くからチアを取り入れていた関東の伝統校ですが、可愛らしく且つ刺激的なコスチュームです。

今のようにチアリーディング部やチアダンス部がまだ確立していなかった当時、バトン部が甲子園での応援をつとめるケースは多く、それゆえこんなコスチュームもありました。

takasho77.jpg

77年夏の高○商ですが、まさにパレードで行進するまんまのコスチュームですし、傍らにはリングバトンもしっかりと用意されています。
甲子園の花たちにバトン部が重要な役割を占めていたことを示す歴史的資料ではないかと思います。

takudaikouryo84.jpg

少し時代が下って84年夏の拓○紅○チアだったかと思われますが、メイツの伝説の赤いワンピースを彷彿とさせるナイスショットです。
赤の下から覗く白はより美しいことを証明する1枚です。
PS ご指摘によりますと明○のチアだったようです。

tottorinishi85.jpg

鳥○西の85年夏のチアです。
カメコ諸氏が足許に群がって一大パニックを巻き起こしたとも言われるこれまた伝説的なコスチュームです。
しっかりと脚を上げている演技もまた素晴らしいと思います。

nichidai-tsurugaoka89.jpg

最後にご紹介するのは、89年夏の日○鶴○丘のチアです。
演技ではなく、得点が入った喜びで思わずめくれてしまった??のがとってもキュートです。

以上、徒然なるままにピックアップしてみましたが、これだけでは正直足りないくらいです。
母校を応援する青春の無垢な汗と涙には、純白のアンスコこそが最も良く似合うのは確かでしょう。
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No title

はじめまして
赤のスコートは拓○紅○ではなくて
明○○(兵庫)ですね

No title

懐かしいです。
特に1枚目の写真、中1の時にダチと一緒に近所の本屋で
SA誌を立ち読みして衝撃を受けました。

それまでも、甲子園チアのお姉さんのたまに見えてしまう
パンチラには興味があったのですが、このような丸見えの
写真は初めて見ました。

その時は買う訳にもいかず、SA誌のパンチラを目に焼き付けて
帰りましたね。

No title

懐かしいです。
特に1枚目の写真、中1の時にダチと一緒に近所の本屋で
SA誌を立ち読みして衝撃を受けました。

それまでも、甲子園チアのお姉さんのたまに見えてしまう
パ○チラには興味があったのですが、このような丸見えの
写真は初めて見ました。

その時は買う訳にもいかず、SA誌のパン○ラを目に焼き付けて
帰りましたね。

花は、どこへ行った

1枚目の写真の学校は、や○○○打線の豪打で勇名を馳せた○田高校と思われます。この高校の以前のコスチュームは膝のあたりまであるキュロットで、パ○○ラなど望めるわけはなく、SA誌などに「チアのダサい○田なんか早く負けろ」などと散々叩かれていました。ただ私は今幅を利かせている財力にものを言わせて全国から選手をかき集めるいわゆる野球学校(そうゆう学校に限ってチアのアンダースコートが早々と色付きになったりするものです)の対極に位置する学校でしたので個人的にはこの学校のファンでした。話は横道にそれてしまいましたが、彼女達がSA誌をみて「○田のチアはダサい」という記事を見たとは到底思えませんが、このころまでは「フリルのついたアンダースコートって可愛い」「オバサンになったら恥ずかしくてはけないから若いうちに可愛いアンダースコートをはいてみたい」と思っていた子は少なからずいたと思われ、少なくとも白いアンダースコートに対する露骨な拒否反応は薄かったのではないかと思われます。あぁ、あのかわいい白い花はどこへ行ったのでしょうか(T_T)?

No title

拓○紅○は早々と色付きアンダースコートになった高校のひとつだと思います。早いところでは70年代に天○など色付きアンダースコートを採用する残念な高校がありました。

No title

>>通りすがりさん
ご指摘ありがとうございます。
追記で訂正いたしました。

>>yuuさん
小生が中1の頃にはまだSA誌はなく、平○パンチくらいしかありませんでしたが、その年頃の少年にこのショットはガツンとくる、その気持ちはよくわかるような気がします。

>>s.s,さん
確かにこの時代、チアがまだ発展途上みたいな部分がありました。
それゆえチアのいるところでは伝統の強豪校=色アン、初出場校=白アンみたいな大まかな傾向がありましたね。

白そのものがいわゆる初々しさを体現しているんですが、白でカメコ諸氏の集中砲火を浴びて、出場を重ねるごとにコスパンでガードして且つ周辺の態勢も強化していく。

寂しいことではあったんですが、野球が強くなっていくのと同じような軌跡をチアもたどっていく?のが甲子園の掟というか図式だったのかも知れません。

また最初は予算に限りがあってテニス用のアンスコを流用するしかなかったのが、2度3度と出場するにつれて資金(寄付等)も集まるようになり、チア用のコスパンも用意できるようになっていった。
こうした経済的事情も絡んでいたのかなとも思います。

平和のシンボル?

若い女の子たちが多少の羞恥心は感じながらも(恥じらいが全くないのも考え物です)かといって露骨な拒否反応を示すことなくスコートの下に可愛い白いアンダースコートを着用してくれた時代は白いアンダースコートがほぼ絶滅してしまった今よりずっと平和だったと思います。当時は今ほどあくせくした雰囲気はなく、今はメディアを賑せている凄惨な事件も極めて稀だったと思います。本当に平和ですばらしい時代だったと思います。それに引き換え今は新自由主義の名のもとに、弱肉強食が推し進められ、それを推し進める某知事や某総理(貴方が彼らの支持者ならご容赦ください)に感化された今の多くの若い女の子たちは平和主義者たちを「草食系男子」と公然と罵倒するようになりました。そして、新自由主義に異議を唱える民主党政権が誕生すると、猫も杓子も三流芸人まで民主党を売国奴呼ばわりする始末です(これも貴方が自民党支持者でしたらご容赦ください)。飛躍した考えかもしれませんが、白いアンダースコートの消滅は、新自由主義者の台頭と相関関係があるように思えてなりません。白いアンダースコートは私にとって平和のシンボルでした。撮りとめのない長文をお許しください。

No title

>>s.s,さん

チアガールはもともとはアメリカの文化です。
但しそれが日本に入ってきた当初は、いきなりアメリカのスタイルを完全に真似るのではなく、日本的にアレンジされた形が一般的でした。

白のプリーツスコート+白のアンスコというのは、勿論スクールメイツの影響とか、テニス用のものを流用したというコスト的な背景もさることながら、日本的チアというのを体現していたスタイルだったと思います。
このあたりは欧米のヒット曲を日本語訳でカバーして歌うのが一般的だった60年代前半の音楽シーンと相通ずるものがあります。

それが海外からの情報量が増えてくるにつれ、洋楽を原盤のまま聴く、あるいは日本人がそのまま英語で歌ってしまうようになっていく。
チアにも同じことが言えるわけで、アメリカのチアをそのまま真似てしまうスタイルになっていく。
これにはチアリーディングが独立したスポーツとして発展していったという要素も大きいでしょう。

たまたまTVではアイドル冬の時代になり、メイツの出演回数が激減していく。
これがチアリーディングの隆盛のタイミングと偶然に一致してしまったのが、白プリ+白アンの急減を招いてしまう原因になりました。

政治的な要素はともかく、チアも時代の環境に影響されてきているのは事実でしょう。

ただファッションは輪廻するものです。
一度は廃れていったミニスカートが復活したように、白のアンスコも復活する可能性はないとは言えません。
着る女の子の側からすれば、「白のフリフリは可愛い」という潜在意識はどっかにあるはずなので、何かの拍子で流行に再び火がつくという展開を期待しましょう(笑)。

アメリカの影響ですか(笑)

なるほど、アメリカの影響ですか(苦笑)。アメリカはいち早くネオコンに牛耳られていましたからね。横道にそれたコメントばかりしてすみませんが、ますます白アンダースコートの消滅とネオコン達の台頭とを関連付けたくなりました(笑)。ネオコンたちに感化された今の多くの若い女の子たちから見たら白いアンダースコートをこよなく愛した我々は「草食系男子」の典型なのでしょうね(苦笑)。それにしても新自由主義者に異議を唱える人たちを親の仇のように罵倒し、無理やり非国民や売国奴のレッテルを張って、若い子たちを煽動する三流芸人には本当に腹が立ちます。ちなみに私は自民党は大嫌いですが必ずしも民主党支持でもありませんので(笑)。横道にそれたコメントをどうかご容赦くださいませ(汗)。

スポーツ喫茶(仮称)はいかがですか?

 かつて(約30年ほど前)に、ノーパン喫茶というものがありました。私に企業をちゃんと経営できる才覚と資本があったら、20~25歳くらいのきれいな女の子に(さすがに未成年はまずいでしょうから)、ミニスカートと、純白アンダースコートをはいてもらって、飲食店を開業したいと思います。もちろん、座席は掘りごたつの様にし、立っている従業員たる女の子の脚の付け根からアンダースコートが覗くようにするのです。名前は「スポーツ喫茶」「アスリート喫茶」などはいかがでしょうか?
それにしてもブルマ(私は嫌いですが)、アンダースコートから解放してもらって女の子たちは戦闘的になっているような気がします。「紺碧ブルマと純白アンダースコートが大好きな草食性男子の皆さん、あたしたちはそういうあんたたちが大嫌いな肉食性女子よ!」と嘯いているように思えます。銀座パレードが廃止になったのはI知事が就任した年ですね?やはり私は新自由主義者(彼らの称する自由は自分たちが好き勝手に搾取する自由だと思います)の台頭とアンダースコートの消滅は相関関係があるように思えてなりません。ネットの書き込みなどを見ても女の子たちは自民党支持が圧倒的に多いようですし、非支持者を罵倒する内容のものまであります。
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